思いつくまま・・Rolfer日記

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主婦からRolferとして人生再建して12年経過。ロルフィング・ムーブメント・健康・・そして、マイペースに思いつくまま・・。

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さよなら・グッバイ

日本語の奥ゆかしい響きが好きだ。

「さようなら・・・・」という音にも、何とはなしに「余韻」を感じてしまう。


でも、いざ「その成り立ちや・・如何に」と尋ねて見たら、これが結構お役人風の上下関係が

みえみえの、「余韻」とはいいがたい、いえ別の意味での余韻を感じる。



昔々、いつの頃からか・・少なくても左大臣が右大臣より上役であるとされた頃には

日本の上下関係のなかでは、自分の左側に位置する人が「上」とされたそうな。

だから、徳川時代になって「封建的縦社会」が充実してきたら、「ひだり~~~ならえ!」で

なんでも自分の「左にいる人の様に」することになったそうな。


それで、「左の方がその様にされますならば・・・私も」ということで、「左様でありますならば」

がつまって「左様なら」という、前置詞的言葉になったそうな。


お侍さんたちだって、早くアフター5したいから「左」の人が退席するのをまだかまだか・・と

待っていた。だから、左の人が立ち上がったら、すかさず「左様なら・・」と言いつつ後に続いて

退席していったそうな。

というわけで、別れのご挨拶は「さようなら」となりましたとさ。めでたし、めでたし。



Boulderで知り合った「日本贔屓」のアメリカ人の友達に、この話をなんとかかんとか

伝えた。

でも「さようなら」の話をしたのは、この話のさきを語りたかったのだが、その時は英語が

目いっぱいでそこまで話すことができなかった。


それは、こんな話。

確か、上智大学・英文科の渡辺昇一先生のご著書によると、(まずこの説明がシンドイ)

現在のイギリス英語は、もともとのブリテンの言語にゲルマン民族の言語が融合しているの

だそうでして、ドイツでは「あなたyou・の・そばにby・神Godが常にいますように」という

祝福のことばが、そのまま別れの挨拶になっているのだそうだ。

だから、英語もそのまま同様で「Good-by」。(ちょっと字余り)



「さようなら」という響きに、「God-by」の心をこめることができますように。

2005.06.24
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by rolferK | 2005-06-24 03:09 | スピリチュアル