思いつくまま・・Rolfer日記

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主婦からRolferとして人生再建して12年経過。ロルフィング・ムーブメント・健康・・そして、マイペースに思いつくまま・・。

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京都・広隆寺~Michael先生と京都・2

私が3番目に通った幼稚園が、「忍ヶ岡幼稚園」というお寺の境内にある仏教幼稚園だった。


玄関を入ると右手に講堂があって、その講堂の舞台に張られた緞帳の正面中央に白黒

写真の、その穏やかなお顔がいつもあった。

そして、私の一番初めに大好きな「仏像」になった。


その仏像が国宝第一号の広隆寺・弥勒菩薩半か思惟像(みろくぼさつはんかしゆいぞう)

だと知ったのは、中学の頃だったと思う。

当時、東京の公立中学校の修学旅行といえば「奈良・京都」ときまっていたと思うが、広隆寺

には行けないまま、それから35年が過ぎていた。


京福電車・太秦の駅を降りたスグ目の前に、広隆寺の山門が両脇の仁王像に守られて

ある。私にはどのお寺の山門でも、仁王様の間をくぐるのは恐れ多いような、怖いような

気持ちをいつも感じる。よほど、悪い思いをかさねているのだろうな・・。


門をくぐると、広々とした静寂な空間があった。

京都のお寺・・・というより、奈良のお寺に感じるあの感じに似ていた。


正面のお堂の前に立っているとき、Michael先生が「日本のお寺の建物にこうして立つと、

不思議と”我が家”に帰ってきたような気持ちになる・・。キリスト教のチャーチは、高くて

自分が小さく感じられるのに・・・。」と言われた。

「仏教は仏が自分の中に在ると考えるけれど、キリスト教では神は自分とはかけ離れた高み

にあると、そう考えているからでしょう・・。」と答えると、Michael先生は頷いてくださって、

「だから、とても安心できる・・・。」と言われた。


弥勒菩薩像やその他の素晴らしい仏像も、残念なことに美術品のように綺麗に陳列されて

しまっていたが、それでも厳かさや神々しさは肌をとおして染み入ってくるように感じた。

遠く、聖徳太子の時代の人々は、異国からきた「仏教」の仏達にどんなに心打たれたこと

だろう。


その時になって、聖徳太子が立てられた七寺のうちのひとつだったということが、京都に在り

ながら奈良のように思えた訳だったとわかった。

それはちょうど、万葉の歌と古今和歌集の歌にただよう違いのように、とてもはっきりとした

違いに思える。

人の思いの純粋さは、1400年以上のときを超えてもきちんと伝わるものなのだ。


私の思いは、いったいどれほどの時間に耐えうるだろう・・・。

そう思うと、今からでも遅くはないよね・・・と自分を励ました。

                                  2005.07.09
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日本の庭は緑が豊かで、
ところどころに咲く花の色がより美しい・・
とお話ししてくれました。 
蓮の花が好きだそうです。          d0065364_9114653.gif                      



モミジの枝にモリアオガエルの白い卵。                                  アワのような中の卵が孵って、  
やがて下の池に落ちていきます。
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by rolferK | 2005-07-09 22:01 | 季節・ガーデニング