思いつくまま・・Rolfer日記

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主婦からRolferとして人生再建して12年経過。ロルフィング・ムーブメント・健康・・そして、マイペースに思いつくまま・・。

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ほたる

ふっと、「ほたる」の淡い光がフワフワと漂う様を思い出した。


本当のホタルを見たのは、もう何年まえのことだろうか・・。と数えてみたが、十数年以上前に

子供たちへのお土産にと、どなたかが籠に入ったホタルをくださった時が最後だろう。


その前は・・・・・そういえば、父が久しぶりの家族サービスにと「椿山荘」(東京・文京区)で

催されていた「ホタルの夕べ」に連れて行ってくれたことがあった。


当時、小学3・4年だった私が今も覚えているのは、確かにホタルが椿山荘の広い庭の

一郭に光の絨毯のようなひろがりをつくっていたことよりも、その周りをとりまく長く・太い

人の畝を印象に強く覚えていた。

傍らで、父がしきりに「きれいだろう、きれいだろう・・・」と、私たち家族に尋ねるでもなく

繰り返していたことも思い出した。


きっと私は「うん、うん。」と返事をしていたにちがいない。

父がうれしそうにしてくれることをしないはずはないから・・・。でも、こうして思い出せば

わざわざ父が高い入場券を購入してまで見せてくれただろうホタルの光は、うっすらと「見た」

だけのものになってしまっている。



そんな私にとって、「忘れられないホタルの思い出」はもう少し幼かったころの記憶である。

たぶん、小学校にもあがってはいなかったころだろう。


私の田舎は山形で、母方の実家は上山駅に程近いところにある。

かならずではないが、夏のかなり長い時間をいとこの家をハシゴするように泊まって

過ごしていた。


私と一番年の近いいとこの家も、子供サイズの私には結構な大きなものだったが、

その家はなによりも実家のある(当時の)小さな町のはずれにあって、すぐ脇に「サンキチ山」

と呼んでいたコンモリとした山と、その奥の山々からあつめた水をたっぷりとたたえた川が

流れていて、その川沿いの土手道はとうとう行き着くことができないまま、記憶のなかでは

深い林のなかにうもれてしまっている。


きっとその頃の私が大人であったら、なんともこじんまりとした空間であることだろうが、

私のなかでは広い広い未知の空間が、その川沿いにひろがっていた。



当時は、それが当たり前だったのだろうが、母の実家もいとこの家も夏の夜には、寝室の

窓は開け放され、夏の匂いを含んだ涼しげな夜風が、くすんだ緑色の蚊帳ごしに柔らかく

ふきこんできた。

たしかに、どれほどか寝入っていたはずだが、ふっと目を開けた私のちょうど目線の先で

蚊帳にとまったホタルが小さな明滅を寝息のように繰り返していた。


その光景が私のホタルである。


しばらくして、ホタルはふわふわと柔らかな軌跡を描いて窓のほうへとんでいった。

普段ならトイレにたつのも怖いような夜中だったと思う。


私が次に思い出せるのは、ホタルの光を追いかけて見上げた夜空の星の数・・・・・。

何が何なのか分からないほどに沢山の星が、自分の背丈にとどきそうなほどに近く

感じられたことを覚えている。


九州や関西地方では、この6月4日5日のあたりに「ホタル祭り」を催すところが多いらしい。


私にとってのホタルは夏の蚊帳と結びついたままなので、6月とは少し早いように思うのは、

日本は春と夏が北上する国であることを思い出させてくれる。


*岡山県のホタルの里は、6月半ばが最盛期とか。
 北房・真庭市(ホタルまつり in 北房)のホタル情報  は、国内線ドットコムのHP
 で見れます。
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by rolferK | 2005-06-05 16:35 | 季節・ガーデニング