思いつくまま・・Rolfer日記

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主婦からRolferとして人生再建して12年経過。ロルフィング・ムーブメント・健康・・そして、マイペースに思いつくまま・・。

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第10惑星・・?

夏になると、夜空が賑わうように思う。


まずは空に横たう天の川だが、先日スペースシャトル・ディスカバリーで飛び立った 野口 

総一飛行士達が、今も大気圏外から地球を眺めつつ任務に従事されていることだろう。


d0065364_2323338.jpgそして今度はNASAのJPL(ジェット推進研究所)が

太陽系第10惑星を29日に発見した。

これは1930年の冥王星に次ぐ発見だという。


未だ惑星と確定してはいないようだが、冥王星

よりも大きいというのが惑星説の根拠らしい。

                                上・第10惑星・2003UB313(白丸)

普通はここで終わるのだが、実は私には?なニュースだった。

ただしその?の根拠となる文献が今はないので、SFとしてきいてください。


もう何年も前の記憶になるので、ガセネタと言われてもいたし方ないのですが、「太陽の

非常に近くに、太陽系第10惑星が存在している」という説を発表した方がいる・・とか。


たしか私の記憶が正しければ・・アインシュタインが計算によって「太陽の非常に近距離上

(地球から見て太陽の裏側になるような場所だったはず・・)に、10番目の惑星が存在して

いる」と一度発表し、世論からの攻撃にあって一度却下。その後、再度自説を復活させた。

という話しをきいたのだ。


まぁ、現在に至るもだ~~れもこの話しに乗ってこないところをみると、やっぱりガセネタ

だったのかもしれないが、「地球から見て、太陽の裏側になるようなところにある」という

あたりが、なんともロマンではありませんか。


何でも目に見えないと「存在しない!」といわれてしまう世の中に、計算上にだけ現れていて

でも目には見えないというのも、寓話的な予感がする。

もし!本当にもし!このガセネタが発見されたら・・・私には「ドリームジャンボ宝くじ」並みに

その日が待ち遠しい。(宝くじは買っていませんが・・)


遅れましたが、野口飛行士を含めてディスカバリーの方々の無事なご帰還を祈っています。

2005.07.30
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by rolferK | 2005-07-30 23:35 | その他
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「占い」というより「性格診断」のような、思わず「アリカヨ・・・!?」な占いでした。

ブログ「Fly, you fools」のwinniephooさんが、ご主人と楽しんだ占いだと教えて

くれました。

早速「どれどれ・・」と占ってみたら・・・おや、まぁ、あらら・・・と、結局家族全員を占いました。


マンガといえども、キャラクター・イメージを決定するには入念な人物への考察があるの

だろうな・・と、もと漫画家も志望だった私は深く納得です。


そういえば、以前どなたかの「マンガ裏話」で、「キャラクターの生い立ちや性格がはっきりと

してくると、キャラクター自身が動き出したり・話し出したりして、(作者は)それに追いつくのが

必死です!ちょっと待って~~。といいながら描いてます。」というようなことをおっしゃって

いましたっけ。


ところでちなみに私は「プロトタイプ・ガンダム」でした。

馬鹿な「完ぺき主義」から脱却して、ちょうどいい「8割主義」へ向けて努力を続けます。

「バンダイのガンダム占い」
http://fortune.yahoo.co.jp/fortune/special/gundam/

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by rolferK | 2005-07-30 12:39 | スピリチュアル

目覚まし時計

日本人の夏の音・・・。まずは「風鈴」。それから、「水禽窟」や「獅子脅し」。ちょっとかわった
ところでお盆にあげる「お鈴・リン」の音。

そんな日本の音と思っていたものにBoulderで出会って、「フ~~~ム」と感じ入ったことが
あった。

Boulderはラマ教(チベット仏教)が色濃い街で、ナロパ大学という仏教大学をはじめとして
チベットの物産店やスピリチュアル系のグッズ店が多い。
それにラマ教・Yoga・禅宗といった関係の月刊誌や関連書籍・グッズなどが、一般の書店や
ナチュラル・フード系のスーパーマーケットの店頭に並んでいる。

ある日、Boulderで知り合った友人が「彼女の誕生日のために、欲しい目覚まし時計がある」
と言った。なんでもその目覚ましの音で目覚めると、目覚める前にみていた「夢」を覚えて
いることができるのだという。

早速興味本位で「プレゼント探し」に同行した。

付いていった先は、以前から「ちょっと気になっていた」時計店だった。
どう気になっていたかと言うと、結構な広さの店舗がガランとした雰囲気で、私がイメージする
店じゅうに時計が所狭しと並べられている時計店とは全く正反対のディスプレイであることと、
ショウウィンドウに2・3掛けてある時計のデザインが「葛飾北斎の富嶽百景」の有名な絵柄
(たぶん三十六景・神奈川沖浪裏という浮世絵)のものばかりということだった。

正直「たいしたことない時計」としか日本人の私の目には映らなかったのだが、きいてみれば
NYでは結構もてはやされているメーカーだとか・・。

なるほど・・・そうでもなければ、こんなお大臣なお商売はできないよね~と思った。

さてさて、店に入って「夢」の時計を拝見してまたビックリ!!

なんと、目覚まし時計とはいうものの、細ながい台の上にごくごく普通の時計と「お鈴」が
なかよく並べられているんです!!!
っていうことは、「チ~~~ン」っていう「お鈴」の音で朝の目覚めを迎えるわけですね。
たしかに薀蓄が深そうですが・・・と、気をとりなおしてお試しに「お鈴」の音を拝聴。

ところが、これがまったくの「ニセモノ」としか言いようのないカサコソとした軽率な音で、
日本人の私といたしましては「せめて鈴くらいは、本物の精妙な響き」を期待していただけに
完全に深くうなだれて声も出なかった。

幸いにもその友人が日本の「お鈴」の音を知っていたので、別のプレゼントを探そうと店を
あとにした。

結局、どんなプレゼントになったのかは知らないままだが、あの時計に大枚を出さずにすんだ
ことがなにより・・と、営業妨害とは思いながらも安堵した。

所変われば・・というものの、やはり「あまりにも似て非なるもの」に出会うと面食らってしまう。
価値観の多様性という次元ではなくて、「よいもの」の基準が下がってしまっていることに
納得がいかなかったのだ。

あの「お鈴」の染み入るような響きを「目覚まし」にするなら、本当の美しい音色をそのままに
伝えてほしい!!と、本当に思った。

「お鈴」にまつわるお話しはもうひとつあるが、またの機会に・・。
                                     2005.07.28
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by rolferK | 2005-07-28 23:58 | Boulder

クラスの和

Rolf Movement天王寺クラス(phase2の2回目)を終えて、クラスの皆さんとお昼を
ご一緒しました。


BoulderでRolfingの研修に参加していたときも強く感じましたが、「習い事」や「学ぶ」という
場所では、肉体年齢に関わりなく、本当にみんなが一つの「和」をつくることができることに
感動します。
そして、クラスメイトの方々が、すでに様々な人生経験を積んでいらっしゃれば、なおのこと
クラスの「和」は豊かになるような気がしています。

以前「学習の時期」というものがあるのではないか・・というように書きましたが、その視点は
今も変わりません。が、もうひとつ別の「学びの時期」という視点も真実だと思います。

大きく分けてみれば、「先人が残した道具としての知識」と「人生の経験から実感した知恵」
という表現でしょうか。

「知識」の多くは先人が育んでくれた財産であっても自分の実感とは未だ結びついては
いません。「知恵」は、見たり、聞いたり、試したり、悩んだり・・という経験をとおして更に
自分が気づいたエッセンスのようなものです。そして、この経験から「気づく」ために「知識」が
必要であるように思います。

それにしてもRolf Movementクラスの皆さんと触れていると、「人間って、なんて素敵なん
でしょう・・。」と嬉しくなってしまいます。

2005.07.27
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by rolferK | 2005-07-27 23:09 | Movement
「天国の本屋」という題名にひかれて、レンタルした。

泣くつもりはなかったが、制作側の思惑通りにティッシューを抱えてしまった。
雰囲気泣き・・・とでもいうところだと思う。

その物語中に「ワビ」という音が出てきた。
日本古来の花火という意味らしい。たぶん、「和火」と書くのだろうと思う。

去年と一昨年の7月4日・アメリカ独立記念日はBoulderの丘にあがって、CU(コロラド大学)
や周辺の街々にあがる花火を見ていた。
その時に、いつになく「熱海の花火」が懐かしく思い出された。

今では夏の日本のあちこちで「花火大会」が開かれているので、きっといずれも素晴らしい
花火があがっているのだろう。

ただ私の好みだけで言えば、「水辺の花火」と「和火」になによりの「花火の美しさ」を感じる。

花火は火を使うものだからだろう・・なぜか、川岸や海岸べりから打ち上げられる花火に
夏の風情を強く感じる。なによりも、花火が そのはかない光を水に映す姿は美しい。
私にとって、小さな熱海湾にあがる花火が「夏の花火」になってしまっているようだ。

花火にも流行りがあって、年々色や形が様々に変化している。ただ、総じて「華やかさ」が
あるものを 次々に休むことなく打ち上げるスタイルが観衆の喝采を得ているようだ。
花火の色だけでなく、輝きかたも「キラキラ」としたメタリックな光が主流である。

けれども花火の輝きが強すぎて、後ろにある「夜の闇」がその存在を隠してしまったような
気がする。

だから、花火の数は沢山打ちあがっているのに、「空」という空間の大きさを感じることが
できなくなってきていると思う。本当はとてつもなく深いはずの夜空という空間が、とても
小さくなってしまう。

今年の熱海の花火がどんなものになるかは知らないが、私の記憶には「しだれ柳」のような
「和火」が焼きついている。

真っ直ぐに立ち上っていく火の筋がバンという大音をしたがえて夜空に開くと、海も空も一つに
溶け合ってしまったような闇のなかに、ほの赤い灯火のような光をゆっくりと息を潜めるように
灯しながら、いまにも海の波に届くほどに枝垂れるのである。

その枝垂れた残り火のたったひとつも見過ごすまいと、観衆が息を忘れて見守るあいだの
静寂な空間はいっそう闇の深さを際立たせていたように思う。

花火の一つ一つが、打ち上げられて花開く誕生の瞬間から、最後の残り火が消える
一瞬までを 見る者と共にする「花火のはかない美しさ」が、本当になつかしい。

DVDの夜空に上がった花火も、そんな美しい花火だった。
                                      2005.07.26
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by rolferK | 2005-07-26 22:31 | 映画・音楽・書籍

蝙蝠グアノ

子供達が小さかった頃は、夕方になれば家の横手に広がる田んぼの上を沢山の蝙蝠たちが
空に黒い点々模様をつけたように飛び交っていた。

時には勢い余ったのか、西向きに開け放った窓から部屋のなかまで飛び込んできた蝙蝠を
右往左往で追い出したのも、今では懐かしいほどだ。

そしてこの夏も蝙蝠が我が家にやってきた。

けれども、まだ一度もその姿をみてはいない。ここ数年、本当に姿をみていないのだ。
ただ、朝になって家の郵便受けに向かうと、きまって南東角の軒先の一角に「蝙蝠の糞」が
かたまって落ちている。といっても、たぶん一匹分だろう。

初めて見た時には「ねずみの糞」かと思ってずいぶんと困ったものだったが、どうしてだったか
それが「蝙蝠」のものだと気づいてからは、かえって好ましくさえ思っているから可笑しい。
ネズミの前足に膜をつけたらコウモリだろうが・・・といわれれば、本当に良く似た糞である。
それでも蝙蝠ならゆるされるのだ。

カラスならいやでも、ツバメならいいのと同じだろう。

ところで、「蝙蝠の糞」が良質な植物の「肥料になるのをご存知でしょうか?

私も何気なく開いたサイトで知ったばかりなのだが、日本では古くから園芸肥料に使用されて
いたようだ。

糞をグアノといって、海鳥の糞が園芸肥料として珍重されているが、「蝙蝠」というのは
いかにも日本の気候風土に叶っていたように思える。

それでも、今となってはかえって「希少」なものになってしまった。

蝙蝠の保護資金のために「蝙蝠の糞」を園芸に使いましょう・・・・と蝙蝠博物館のショップ

売られている。
                                           2005.07.25

*追記・・・台風まじりの昨夜の雨が一休み。今朝(26日)郵便受けにむかうと「蝙蝠」が
      雨にうたれて死んでいました。
      羽を広げても、5センチくらいの小さな蝙蝠でした。
      未だ雨の降り出す前に餌を探しにきていたのでしょうか・・・。雨が急に降り出して
      家に帰る間もなかったのでしょうか・・。
      「わざわざ出てこなくてもよかったのに・・。お家にいれば雨にぬれなかった
      のに・・。」と、残念です。
      明日、もし「糞」が見れたら・・・・そう願っています。 

*追記2・・・7月31日。今朝、久しぶりにちょっと多めの「糞」がありました。
      細々でも、蝙蝠が自生しているのですね。でも、飛んでいる姿は未だ見れません。
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by rolferK | 2005-07-25 04:19 | 猫たち

花と樹

娘が一晩泊まっていきました。

今日・明日は天神祭りだというのに、夕方からバイトに入るのだとか。
夏休みも人手不足のバイト先から出勤するよう頼まれて、イヤとは言えなかったのだ・・と
「夏休み返上」を嘆いていました。

せっかくヤフーのオークションで手に入れた浴衣も、出番は来年以降になりそうです。

結婚してすぐに息子に恵まれ、1年7ヶ月を開けて娘を授かりました。
その息子も娘も あっという間に成人式を終えてしまって、何事も過ぎてしまえばこんな
ものかしら・・と思えるほど、子育てはず~~っと昔のような気がしています。

今でさえこんな調子なのだから、いざ「孫」などとなったら「初体験」の連続にちがいない・・と
思わずにはいられません。

子育てに、けして手抜きなどしたつもりはないけれど、なにせたった二人しか授からなかった
子供ですから、無我夢中で育てているうちに気がついたらスクスク育ってくれていて、残念
ながら「経験者」といえるほどには「要領」もなにも蓄積してはいません。

つまり、ほとんど「当てにならないオバアチャン」しか出来そうにないなぁ・・。ということを
子供達に宣言しておきます。

ただひとつ、今でも強く感じていることは、「男と女は全く別の個性である」ということです。

実際にわが子を育ててみて(勿論子供の友達達も含めて)、ヴォーヴォワール女史のいう
「女は(後天的に社会に)つられる」という観点は誤りであると実感しています。

オギャーと生まれる・・というより、私のおなかに宿ってきてくれる以前から、「男は男」
「女は女」・・・個人としての個性も含めて、本当に全くそれぞれ別の性質をもっているのです。

それだけは、きっとこれから先も鮮明に感じ続けていくことでしょう。

ガーデニングを始めてから、ガーデニングは子育てのよいシュミレーションになり得るという
こと。そして、「花」のつくものは主に「女性」を育てる喜びに似ていること。「男性」は「樹」を
育てる忍耐を必要とすること。などに気づきました。

これも、いよいよ子育ても終わりかけている頃にようやく気づいたのですから残念ですが、
これからも「母」であり続ける限りは、何時か何かの役に立つ時もあるでしょう。


それにしても、娘をもつ楽しみはハマッテしまいますね。

ついまたヤフーのオークションを覗いては、娘から頼まれもしないものをリストアップして
しまいそうです。(無駄遣いの言い訳)
                                      2005.07.24
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by rolferK | 2005-07-24 20:05 | マタニティー&キッズ Rolfing

映画・宇宙戦争

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レイト・ショーで、H.G.ウェルズ原作のSFを映画化した「宇宙戦争」(WAR OF THE

WORLDS)を観た。

私としては「未知との遭遇」(初版)があまりにも鮮明で つい見比べてしまったが、「父子」の
物語として観るのがいいように思う。

今更だが、トムクルーズが「宇宙戦争」に関するインタビューで「宇宙人はいる!」と語って
変人扱いをうけたらしいが、私などは子供の頃から「当然いる!」と信じている。
とすると、やっぱり私はかなりの変人になるのだな・・・。
ブログで「宇宙人はいる」などと、公言するとお仕事がなくなってしまうのだろうか・・・?

ま、嘘をつかないという範囲で「意見」としてのべるなら、許していただけるでしょう。

ということで、子供の頃から夜が好きだったのは「星空」のむこうに憧れていたからかも
しれない。星空に恵まれた環境ではなかったが、星空を見るときに「宇宙人」の存在を
思わずに眺めたことは、覚えている限りではなかったように思う。

小学生になるとすぐに買ってもらった「図鑑」で、ナスカの地上絵を知った時には、「宇宙船
の滑走路だ!」と直感的に思ってしまった。

中学生になって、自分の知的能力が言語学に向いていないことをわかるまでは、結構真面目
に「インカの言語解読」のために考古学を専攻しよう・・・などと考えてみたこともあった。
そうすれば、「宇宙人飛来説」が証明できるのではないか・・と考えたからだ。

そのず~~っと後になって映画「コンタクト」の主人公のストイックな研究者魂をみせられて、
はやく諦めて正解だったことがわかった。

それでも、個人的にその存在を信じることは今も続いている。

そうでなければ、カール・セーガン氏のいうとおり「宇宙がもったいない・・」。

ついでに言うなら、地球・ガイア説多次元宇宙説やホーキンス氏のいう宇宙・球体説
などなど・・・今は未だ「嘘つき」扱いに近い諸説に、無条件でうなずける。

宇宙人も、あの世も、魂も、幽霊も、妖精も・・・いるか?いないか?あるか?ないか?を
論じるより、どのように存在しているのだろうか?と積極的に考察していくほうが、はるかに
科学的発展に寄与できると信じる。

21世紀とは、きっとそうした考察をぬきに日常を考えられない時代なのではないだろうか。
あと50年もすれば、20世紀の思考がおかしく思われるようになっていたりするだろうか。

私が教わった数学の話しだが、「毎日前日の2倍ずつ蓮池の花が咲いていくとしたら、
50%の花が咲いた次は100%になる!」という話しがあった。

私はこれを「希望」や「夢」へむけての「勇気」の根源にしている。

つまり、初めの努力の蓄積は遅々として目にはわかりづらいが、ある定量(50%)を超えた
時にたった一晩で全てを変えてしまうほどの力に成長できる・・ということだ。

「世論」とは、そうした仕組みでできあがっているように思う。

だから、一人でも信じていることがきっと大切なんだと、そう思っている。

                                      2005.07.23
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by rolferK | 2005-07-23 03:05 | 映画・音楽・書籍

冷房の夏、日本の夏。

梅雨が明けて、いよいよ日本恒例の「暑い夏」がスタートした。

そのせいか、日本人の「涼」に対する感性は、とても優れている。これは、芸術性にまで
高められているといってよいと思っている。

人間のもつ五感のすべてに「涼」を感じられるような「創意工夫」が積み重ねられてきた。

今は「家」という建築そのものが、日本の気候風土に関わらない素材と構造を許されるように
なったので、季節感の楽しみ方も多様化しているが、ある意味・「夏」に関してだけいえば
少し「季節感が薄れている」ように感じる。

その分、夏に「日本らしさ」が欠如してきたともいえる。

その反面、近年毎年恒例になった「涼」もある。正しく言えば「冷」であろう。
「新幹線の冷房」だ。

目的地まで約2~3時間の「自己選択ができない環境」として「冷えすぎ冷房」は、覚悟して
乗ったつもりでも、かなり厳しい環境であった。

日本の暑さは「湿度」が伴う。だから、必ず汗をかく。

コロラドのBoulderだって夏は汗をかくのだが、乾燥した気候はそのまま瞬時に汗を蒸発
させてしまうから、ほとんど自覚がないほどだ。だから冷房も「さわやかさ」として感じていた。

しかし、日本はとにかく「汗をかく」。かいた汗は当然肌に近い被服に吸われて、残念なことに
そこに留まっている。
最近は少なくなったが、それでもサラリーマンの背広姿が痛々しく感じるほど、汗が背広に
浮き出ている人もまだまだ見かける。

だから、「涼しく」なりたい!という顧客のニーズにお答えすべく、「冷房」がサービスされて
いるのだが、ここに一つの落とし穴がある!と思うので、ひとこと・・。

「気化熱」が人体に及ぼす悪影響の範囲に届いていますよ!・・・ということです。

昔、まだ化学繊維があまり発達してしなかった頃は、冬山に登るときには「綿」は「命取り」と
されて、下着も毛糸などの素材をつかっていたときく。

これは、肌に直接あたる綿繊維が「人体が汗として出した水分を吸収した後に、皮膚から
奪う気化熱が、生命エネルギーを過激に消耗させるから」である。
尊い経験知なのだろう・・・。

「汗」を吸収させたままのTシャツや下着や洋服が、体から生命エネルギーを吸い取っている
などとは、よもや思わないから「一日一枚のシャツ」で間に合わせてしまうが、できれば「マメ」
に着替えていただくよう、Rolferとしてもオススメしたい。

背中のコリ・首や腰の痛み・腕や足のだるさ・・・などなど、「気化熱」で奪われた生命エネル
ギーの不足は、様々にあらわれる。そして、そういう場所の組織はまるで「永久凍土」の
ように生命の動きを失って固くなっている。

そういう箇所には、「人肌のぬくもり」や「窓越しの日差し」や「ぬるめの湯船」が一番の贈り
ものになる。

「冷房本番」の夏。どうぞ生命エネルギーを大切に・・・。
                                        2005.07.21
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by rolferK | 2005-07-21 18:56 | 健康関連

お休みのご挨拶1

ええ、毎日「思いつくまま・・」にお越しくださいまして本当にありがとうございます。


19日20日は、留守のためブログをお休みいたします。(お留守番はハムスターがいます。

ドロボウさんは来ても何にもありませんから・・。)



本格的な暑さに向かい、どうぞ皆様ご自愛ください。

これからも、よろしくお願いいたします。
                                 2005.07.18
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by rolferK | 2005-07-18 19:22 | その他