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思いつくまま・・Rolfer日記

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主婦からRolferとして人生再建して12年経過。ロルフィング・ムーブメント・健康・・そして、マイペースに思いつくまま・・。

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時々・・・本当に、フっと自分の記憶の中に残っている映像や旋律が
いつの間にかよみがえって、リフレインしてくる時があります。

『こきりこ節』と『おわら節』は、好きでよく思い出すことがあります。


ところが、昨日、ハワイのカヒコを記事にしたせいなのか・・・・?
それとも、DVD『るろうに剣心:京都大火編』をみたせいなのか・・・?
本当は、理由などいらないのですが、あまり唐突に今朝思い出した映像がありました。


それは、子供の頃に1~2回・・・それも小学・低学年のころに、
脚付きの小さな白黒テレビで、たまたまかかっていただけのNHK民謡番組で、
歌の添えに踊られていた”男踊り”です。

笠・袴・黒の紋付・白のたすき、そして腰の刀。

キビキビと鋭角に動く、笠を持った腕の動きと、
凛とした雰囲気に見惚れていたのを覚えています。

そのことを数十年も経った今朝、突然に思い出して・・・
でも、曲名もなにも覚えていません。思い出したくて画像をGoogleしました。


「麦屋節」(むぎやぶし)無形文化財:富山県の三大民謡(越中おわら節、こきりこ節)のひとつ


本当に、何も知らずに、富山県の三大民謡を子供心に記憶していました。
思い出し記念にyoutubuをupしました。
(ついでに、大好きな『江差追分(歌)』も。ちなみに田舎は山形県です。)



2010年:平高校郷土芸能部による「 麦屋節」



2010年:富山県富山市八尾町鏡町支部の皆様のおわら­踊り


鏡町支部の皆様のおわら­踊りの練習風景


こきりこ節踊り



初代浜田喜一/尺八:矢下勇/三味線:大川佳子/掛声:飯田優子 の「江差追分(本唄・後唄)」

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by rolferK | 2015-04-29 00:43 | 舞踏・身体表現
数年あまり前になりますが、4月と9月にハワイ島コナで行われた
ロルフィング上級資格(Advanced Rolfer)研修で資格をいただきました。

研修以外にはなかなか海外にでかけることもありませんが、それ以降
4月のハワイは私たちにとって”始まりの場所”あるいは”節目の場所”として
いつも心のどこかにあり続けています。

そういえば、毎年4月はメリーモナークと呼ばれる”フラ・ダンスの世界大会”
の月です。毎年、日本からも多くのグループが参加しているとききました。
今年の大会もきっと盛大に行われたことでしょう。


私は”カヒコ”と呼ばれている”古式フラ”が好きです。
特にKe Kai O Kahiki という男性グループの「動き」と「クム(導師)の祝詞」に
惹かれます。


2009 Merrie Monarch Men Kahiko Winners



51st annual 2014 Merrie Monarch

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by rolferK | 2015-04-27 23:42 | 舞踏・身体表現
坂東玉三郎さんの日本舞踊『鷺娘』の”さわり”部分は、
深々と降る雪景色のなかで踊られる”鷺の精”の姿に
”地唄舞のような気品”と”能のような幽玄性”が溶け合って、幾度みてもため息が出ます。

繰り返し見ていた『鷺娘』ですが、その振り付けについては
なにも知りません・・・早速Wikiで引いてみました。

そこで、3つほど興味深い話題を見つけました。


1)3つの『鷺娘』 ~現代の原型~
『鷺娘』と呼ばれる舞踊の原型は、舞踊史に3種類あるそうです。

その2番目が江戸末期、文化10年(1813年)3月中村座・三代目坂東三津五郎が
長唄と常磐津の掛合いで踊ったもの。
その後いったん途絶えて、明治19年(1886年)の新富座・九代目市川團十郎が
初代花柳壽輔の振付けで復活し、のちに明治25年(1892年)の歌舞伎座・『鷺娘』が
現行演出の基礎となっているのだそうです。


2)鷺娘の最後の演出の変化
もともとの最後の演出は、見得をするだけだったり、宙を飛び上手の方へと姿を消す演出で、
恋に身を焦がして”死ぬ”という演出はなかったようです。

それが・・・・ 八代目坂東三津五郎によれば、大正以降に『瀕死の白鳥』の影響を受けて、
鷺娘が最後のほうで息絶えるような表現をするようになった
・・・そうです。


そういえば、”日本バレエの産みの親”とよべるバレリーナのアンナ・パブロワが来日したのは、
1922年 (大正11年) です。
1907年にM・フォーキンが彼女のために振付た小品 『瀕死の白鳥』は、
当時アンナ・パブロワの代名詞になっていました。
日本全国8都市で行われた訪日公演では、当然『瀕死の白鳥』が踊られ、
多くの観客の心に深く染みていったことでしょう。

その来日公演『瀕死の白鳥』の観客の中に、『鷺娘』の振り付けを
書き換えた人がいたことは、私にとって何か”ご縁”のように思える出来事です。


今、『鷺娘』が世界中の人々の心をとらえるのは、玉三郎さんの舞踊そのものの力と、
この”鷺の最期”のドラマチックな演出によるところが大きいのではないでしょうか?

どんな伝統芸能も、常に進化し、完成への成長を続けているのだと思いました。


3)”鷺の精から娘に変化”の順序
現行の演出は、まず冬景色の舞台面に鷺の精が現れる・・・

ところが、歌舞伎での動物の扱いは、たいていはまず人間の姿となって舞台に現れ、
それがのちに動物の正体を現わすというパターンなのだそうです。

ですから、動物(鷺)の姿で舞台上に現れ、あとで人の姿になるというのは”逆パターン”で、
さらに・・・「鷺(または鳥から)人間になる」という舞台例は『鷺娘』以前には無いといわれており
当時の菊之丞をはじめとする関係者がどこからこの発想を得たのかは不明である。・・・と
書かれていました。

2)の最後の演出は『瀕死の白鳥』=大正時代の東西文化交流がきっかけでしたが、
『白鳥の湖』は江戸末期には未だありませんね。

鷺の精の姿が、やがて生き生きとした町娘の姿に変化していく演出は、
とてもオリジナルな演出だったのですね!


坂東玉三郎:『鷺娘』 始まり”鷺の精”部分 

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by rolferK | 2015-04-23 03:43 | 舞踏・身体表現
玉三郎さん(当時40歳ごろ)の記録映画の一端がyoutubeにありました。
私も、お知り合いからVHSテープをお借りして、10年ほど前に観ています。
印象的な内容がいくつもあって、DVD化を望んでいます!!


以下のyoutubeは9分ほどのインタビューですが、4~5分あたりに
玉三郎さんの女形創造の3つの原動力を語っています。


①「武原はん先生は、自分の肩幅が広くて”舞”には似合わない体つきだった。

自分が不可能だということをまず知ることによって、自分自身に客観的になれた。

僕がそういう意味で”男”だったということが”女”をやる意味での客観視する基盤になった。」

②「その次に、僕が足を悪くした(小児麻痺)ことで、動きに対して敏感になれた。」

③「その次に、背が高すぎて(173cm=鬘をつけると190cm以上)、

今までの日本の女性が表現する女性より大きかった。

その自分が大きいということを客観的に観て、自分で分解して、料理して、

欠点だったものをプラスにしていくように・・・自分で悩んで、考えて・・・そうして創ったんです。」


すべては、「受け入れる」ことから始まり、「正しく差別(しゃべつ)」して、
よりすぐれた要素を「統合・創造する」ことなのだな~~と納得しました。


画像最後に”武原はん”女史の懐かしい、神々しいお姿が映っています。
今はyoutubeに”武原はん”さんの『ゆき』を探すことができない・・・・残念!!


二つ目のyoutubeは、2012年重要無形文化財保持者(人間国宝)になられたときの
AFPニュースのインタビュー映像です。
『書かれた顔』のインタビューに共通する姿勢が貫かれていました。



<書かれた顔> 1995 film "The Written Face (書かれた顔)" by Daniel Schmid



<AFPニュース>2012

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by rolferK | 2015-04-19 02:45 | 舞踏・身体表現
たとえば身体表現のWSに出席したとして、

「時計・・・を体で表現しなさい」という課題が出されたら、

どんな表現をするでしょう?

さらに、具体的な時計のイメージを含めて表現するとしたら?

CHANELのJ12 Whiteが時計である・・・と知らなかった私には、

このたった30秒のCMが”!!!!!”でした。

そして、何度も繰り返し見てしまいます。

J12 White - CHANEL

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by rolferK | 2015-04-15 22:30 | 舞踏・身体表現
ちょっと元気がほしいとき・・・よく観るビヨンセのミュージック・ビデオです。


内心、私だけ?かと思っていましたが、世界的にビヨンセさんの”太腿ふともも”はセクシーだと

評価されていることを知りました。


バックダンサー(左: Kimberly gipsonさん、 右: Ashley everettさん )が並ぶことで、

特に”ビヨンセの内転筋群の魅力”が際立って感じられます。

腹横筋との連動が美しい!!!・・・と見えるのですが・・・。


Single Ladies (Put a Ring on It)

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by rolferK | 2015-04-15 02:45 | 舞踏・身体表現
もう十数年前のことになるでしょう・・・未だ中学生だった娘と、東京フォーラムで
シルビー・ギエムの「ボレロ」と「Two」を観ました。

結婚前に、ジョルジュ・ドンの「ボレロ」を幾度か舞台で観て、大好きな作品です。
娘にも見せてあげたくて、大奮発でチケットを買いました。
シルビー・ギエムの「ボレロ」も素晴らしくて!二人で興奮しましたが・・・

「Two」は全く初めて・・・そして、軽いショック状態のような感動を覚えています。

今でも記憶の中で、<暗い舞台の右隅に、四角い光の檻のような枠の中で、
ギエムのArmだけが白く、鋭く、激しく>動いています。

「Two」は、「ボレロ」のようなメロディーをもたない”印象だけの曲”だからでしょうか?


改めてyoutubeで2つの作品を観ると、"Arm"の可能性にチャレンジしたような
共通の特徴があるように思えました。



Sylvie Guillem "Boléro"



Sylvie Guillem "Two (Rise and Fall) "

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by rolferK | 2015-04-12 23:00 | 舞踏・身体表現
水が映す”青”が好きです。水に映った幻影のような景色が好きです。

写真画像ですが、美しい”青”の世界とハスキー犬たちが素晴らしくて、

思わず!画像共有させていただきました。


湖の上を歩くハスキー犬たち 薄氷のはった湖に降った雨に映ったハスキー達です。



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by rolferK | 2015-04-10 21:45 | 猫たち
気づき」・・というものは、日々の中の”瞬間”に訪れるもので、

そういう意味では、私たちは毎日「気づき」の訪問を受けている存在で、

ただ”そのとき”に自分が不在でないことを願うばかりです


昨日、ブログのために拾い上げた参考画像の二人のプリマの「腕」を見ているうちに、

今までずっと私にとって”当たり前”だったプリセツカヤの「腕」が、

”当たり前”ではなかった・・・・と気づくことができました。



昨日UPした34歳のプリセツカヤ画像冒頭には、彼女が白鳥の群れを公園で見ているシーンが

映されていますが、『瀕死の白鳥』を踊るためにプリセツカヤが白鳥そのものの飛翔の動きを

”自分のもの”にするまで繰り返し、繰り返し観察しただろう・・と、「腕」の表現から確信しました。


そういえば大好きな日本画家・竹内栖鳳は代表作『班猫』を描くために、モデルとなる猫を譲り受け、

猫という存在そのものを観察し続けたときいています。その結果に「猫」という「存在」が

『班猫』という作品に「形」として再現されたのでしょう。

すぐれた表現者は、すぐれた観察者である・・・ということでしょう。


もうひとつ”気づいたこと”は『瀕死の白鳥』の「腕」は「白鳥の翼」であることでした。

私たちが一般に見慣れている舞踏の白鳥は、チャイコフスキー『白鳥の湖』です。

『白鳥の湖』のオデットたちは、人間であるものが魔法によって白鳥であることを強いられた表現ですから、

魔法の解けた夜の姿に本来の人間的な動きが「腕」にあることは自然体です。

けれども『瀕死の白鳥』は本来が白鳥であり、最後の瞬間まで白鳥として在り続けようとする姿に

気高い感動を感じるように思えます。そして、その白鳥の象徴が「翼」の表現だと思えます。


そう思ったら、プリセツカヤの「腕」は初めから「翼」の表現であり、

そして、年を追うごとに「白鳥」として完成されていったことに・・・ようやく気づきました。


草津びわ湖岸コハクチョウ飛翔 :スローモーション1/4倍速
2015-1-18 16:51



2013年1月3日 千葉県印西市本埜



1986年:61歳


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by rolferK | 2015-04-09 23:14 | 舞踏・身体表現
若く、才能ある方に、ちょっと昔の情報をお伝えしたくて、youtubeを拾ってみました。

今日はマイヤ・プリセツカヤの「瀕死の白鳥」が、年を重ねて完成されていく様子をみてください。
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幼稚園時代、誕生月になると「大きくなったら、何になりたいの?」と先生に訊かれ、

そのたびに「あのね。バレリーナになりたいの・・」と答えていました。

でも、バレエを習ったことはありません。

その分、バレエへの憧れは今も変わらず抱き続けています。


森下洋子さんのバレエを初めて見たのは小学生のとき・・・

マイヤ・プリセツカヤさんのバレエを初めて見たのは中学生でした。

そして今、森下さんは66歳、プリセツカヤさんは89歳でありながら、

心身ともに輝き続け、年齢を重ねることが老いることではない・・・と示してくださることに

心からの尊敬を感じています。



1986年:61歳




1975年:50歳




1959年:34歳





参考:ユリアナ・ロパートキナの「瀕死の白鳥」



参考:スヴェトラーナ・ザハロワの「瀕死の白鳥」2010年

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by rolferK | 2015-04-09 03:16 | 舞踏・身体表現