2007年 02月 26日
かづきれいこ先生
Rolferになっていなかったら・・・・多分、私は「かづきれいこ先生」のもとで
フェイシャル・セラピストを目指していたはずです。
本屋で出会った1冊をキッカケに、その当時出版されていた全ての書籍を購入し、
「リハビリ・メイク」「フェイシャル・セラピスト」という聞きなれない言葉に、
自分の道が繋がっているように感じて、走り出しました。
春、初めてうかがった心斎橋のお教室で数名の生徒さんとご一緒に自分の顔を
メイクしたときの恥かしさを今でも覚えています。
といっても、ファンデーションと口紅くらいのものだったはずですが、それでもスッピンしか
知らない私の顔には十分なお化粧でした。
その後は順調に進み、東京でしか行われていない夏期講習に参加して、いよいよ
翌年の春から始まる「養成コース」への試験をうけるつもりでいたのです。
そしてその年の暮れ、私の道はRolfingへと繋がってしまったのです。
それからは、ただ真っ直ぐにRolfingでした。
そんな私が、娘との待ち合わせの時間つぶしに入った本屋で『一粒の真珠』というコミック本を書棚から引き出しました。背表紙の青が、なんともいえず美しく見えたからです。
主人公が「かづき先生」のもとで、リハビリ・メイクを学び、フェイシャル・セラピストを目指していく物語でした・・・・・・。
現実の「かずき先生」の今後のご活躍と
フェイシャル・セラピスト養成学校の創設を、
心からお祈りしています。
フェイシャル・セラピストを目指していたはずです。
本屋で出会った1冊をキッカケに、その当時出版されていた全ての書籍を購入し、
「リハビリ・メイク」「フェイシャル・セラピスト」という聞きなれない言葉に、
自分の道が繋がっているように感じて、走り出しました。
春、初めてうかがった心斎橋のお教室で数名の生徒さんとご一緒に自分の顔を
メイクしたときの恥かしさを今でも覚えています。
といっても、ファンデーションと口紅くらいのものだったはずですが、それでもスッピンしか
知らない私の顔には十分なお化粧でした。
その後は順調に進み、東京でしか行われていない夏期講習に参加して、いよいよ
翌年の春から始まる「養成コース」への試験をうけるつもりでいたのです。
そしてその年の暮れ、私の道はRolfingへと繋がってしまったのです。
それからは、ただ真っ直ぐにRolfingでした。
そんな私が、娘との待ち合わせの時間つぶしに入った本屋で『一粒の真珠』というコミック本を書棚から引き出しました。背表紙の青が、なんともいえず美しく見えたからです。
主人公が「かづき先生」のもとで、リハビリ・メイクを学び、フェイシャル・セラピストを目指していく物語でした・・・・・・。
現実の「かずき先生」の今後のご活躍と
フェイシャル・セラピスト養成学校の創設を、
心からお祈りしています。
by rolferK
| 2007-02-26 23:28
| ワタシ