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Two Hands ~ジストニアからの復活 / 公認アドバンスロルファー・ テッシー女史~

レオン・フレイシャー氏は10代から天才ピアニストとして注目され、d0065364_1575399.gif
早世の世界的活躍をしながら、
1965年(東京オリンピックの年です)37歳のときには
ジストニア(機能性運動障害のひとつ)によって、右手の機能を失い
ピアニストとしての第1線から退きました。

しかし、その後フレイシャー氏は音楽家として後進の指導とともに、
左手のピアニストとして約35年間活躍し続けています。

この精神力そのものが奇蹟であると、私は思っています。

そのフレイシャー氏が、公認アドバンスロルファー・ テッシー女史と出会い、
実際に”両手のピアニスト”として奇跡的な復活をされたことを
公にしましたCDが『TWO HANDS』でした。
この衝撃は2007年ドキュメント映画としてアカデミー賞にノミネートされています。
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実際、このドキュメント映画の存在をしって、”ジストーニアに苦しむ方々への
よき知らせ”であるというコメントを含めて、日本Rolfing協会に問い合わせを
くださったかたもおられました。

現在もジストーニアそのものへの治療方法が未知であるなか、
以下に御紹介する記事は、またひとつの”よき知らせ(希望)”となることを信じます。

私達Rolferが所属しているThe Rolf Institute(ロルフ研究所:米国コロラド州・ボルダー)
から発行される会員機関紙・Structural Integration(the jornal of the Rolf Institute)2008年9月号で、ふたたびピアニスト レオン・フレイシャー氏に関わる
記事が紹介されました。

今回も本「らくらくストレッチ」を共著された小鹿さん・宮尾さんが
Rolfing啓蒙のために翻訳してくださっている”ロルフィング・リサーチ”から
転載させていただきました。

お二人の真摯な活動に感謝し、その志が広く多くの方々に繋がりますようにと
願っています。

***************
※この記事はBODY BY ROLFINGによって翻訳されました。
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2008.11.01
音楽家のためのロルフィング [ アーティスト ]
プロの音楽家のためのロルフィング
~Tessy Brungardtとの対話~

※訳者注※
この記事はStructural Integration, September 2008の中で紹介された
公認ロルファーCarolyn Pikeによる公認アドバンスロルファーTessy Brungardtへのインタビューからの抜粋。
音楽家にとってのロルフィングの利点などが紹介されていますが
今回はTessyがジストニアと戦いながら両手でのピアノ演奏復帰したレオン・フレイシャー氏のことについて話している箇所を紹介。



(レオン・フレイシャー氏の件で)私がシェアできることは全て公表されており、
それに対して付け加えることも新しいことも何もありませんが、
私たちのワークとの関係についてのメインポイントを再び述べ、
未だある困惑を明確にしたいと思います。

今から話すことは短く、多くの興味深い詳細な説明を省きますが、
きっとそれらは様々な記事で見つけることができるでしょう。

レオン・フレイシャーの右手のジストニアは1960年代に現れはじめ、
あまりに深刻で、彼の両手によるピアノキャリアに終止符をうたせることになりました。

その当時ジストニアは知られておらず、話題になることもなかったのです。
彼は様々な治療、技術、そして薬を試しましたが、どれも効果はありませんでした。
彼は彼のキャリアを続け、彼の音楽への気持ちを表現し続けました。
そして同時に彼は、全てのフラストレーションを乗り越えながら、
診断や解決策を探し続けたのです。

彼が試した多くのものの中にボトックス注射とロルフィングがあります。
彼が初めてこれらを試した時、彼のジストニアには何も変化は起こりませんでした。

ボトックスは彼の手をリラックスさせるのに多少の効き目はありましたが、
その手でピアノを弾けるようになるには、ほど遠かったのです。
ロルフィングも確かに彼のからだの構造の手助けにはなりましたが、
彼の右手は何も変わりませんでした。

その後1995年、彼は彼の奥様を通じて私のところへいらっしゃいました。
私はとても長い時間を彼の右腕と右手にとても具体的なワークをしました。
変化は少しずつ増えていき、彼は演奏が以前よりもできるようになり始めるのを
可能にしました。

そこで彼は再びボトックス注射に挑戦するのです。
この時は、からだの組織がボトックスに対して変化を起こすだけの柔軟性が
できていたせいか、注射は彼の右手での演奏を助けていきました。

彼にとってはロルフィングとボトックスのコンビネーションが最も効果があったのです。

彼の腕がよくなってくるにつれ、私は彼のからだの他の箇所へもワークを施せるようになり、
常に動きのパターンに働きかけるようになりました。
そしてこれからも私達は共に歩んでいくでしょう。

これだけ覚えていてほしいのですが、ジストニアは脳の障害であり、治療法はないのです。

彼が私達のワークから得たものは、彼の右手に演奏を可能にするのに
十分であった症状の改善です。
奇跡のようで、実際本当に注目に値することですが、その奇跡はこのケースでは
明らかに制限されています。

彼は多くの曲を美しく演奏できますが、全てが昔のように演奏できるわけではありません。
もちろん、それでもとても素晴らしいことです。
私とフレイシャー氏がした、そして現在も進行しているワークは、
多くの音楽家に必要とされるワークのタイプの実例です。
彼らは彼らの問題に特別なワークやムーブメント・アウェアネス(動きの意識)が必要であり、
通常彼らと楽器との関係性を何らかの形で変える必要があります。

ロルフィングのプラクティショナーとクライアントは共に、気長に、小さな変化に
満足していかなくてはいけません。そしてメンテナンスすることが最大の手助けになるのです。



Tessy Brungardt:
アドバンスロルフィング・インストラクター
公認アドバンスロルファー/ロルフムーブメント・プラクティショナー
米国メリーランド州バルチモアでロルフィングをしている。
アカデミー賞ノミネート作品であるショートフィルム『Two Hands: The Leon Fleisher Story』(監督:Nathaniel Kahn)の中でフレイシャー氏の右手の復帰に関してインタビューに答えている。

<追記>として・・・
以下は以前に紹介された記事から、フレイシャー氏とテッシー女史のrolfingに関わる
記述抜粋です。

※この記事はBODY BY ROLFINGによって翻訳されました。

 そして昨年2月、13年間連れ添っている彼の妻であり
バルチモアのガウチャー大学で音楽を教えるピアニストである、
キャサリン・ジェイコブソン(48歳)は彼を説得して
ディープコネクティブティシューへアプローチするロルフィングと呼ばれるものを受けさせます。

彼女はフルートの演奏の質を上げる為にロルフィングを受けていたのです。
フライシャーは練習後いつも手のストレッチや休息をとるようにしていたので、
彼の指の筋肉を過度に収縮させてしまっていることはないと信じていました。

しかし、たった3回ロルフィングを受けた後に、彼は彼の右手が緩んだように感じたのです。
彼のロルファーであるテシー・ブルンガードは「私は彼の手、腕、手首の組織を、
私の指や指関節や時には肘を使ってワークします。彼の腕の組織は柔らかくなり始めました」と言いました。

(中略)

 彼が両手で演ずるピアニストとしてのカーネギーホールでの成功後、
手がさらに強くなるにつれて、ニューヨーク・タイムズは“彼の努力だけではなく、
彼のピアノの演奏技術”を賞賛しました。フライシャーはサンフランシスコ・シンフォニーとベルリン・フィルハーモニーとの競演を予定しています。

彼は彼の苦しい体験を通じて成長したと感じています。
「以前はただの両手が使えるピアニストでした。しかし私の身におこったことは
私の人生、意識、そして人間性を膨らませました」と彼は言います。

訳者あとがき:
今現在もレオン・フライシャーは活躍しており、今年行われたアカデミー賞ではショート・ドキュメンタリー・フィルムに彼の復帰第一弾CDのタイトルと同じ“Two Hands”という名の作品がノミネートされました。(2007年4月現在)
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by rolferK | 2008-11-03 15:09 | Rolfing

主婦からRolferとして人生再建して14年経過。ロルフィング・ムーブメント・健康・・そして、マイペースに思いつくまま・・。


by rolferK
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